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老人は全員消え去った方がいいのか?

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一人で水族館に行った。コロナ禍の平日ということもあってかなりすいている。大きな水槽にへばりついて魚を見ていたら社会科見学か何かで訪れた小学生の群れが向かってきた。私はサッとどいた。本当は場所を譲りたくなかったし、水槽を前列でゆっくり見たかったから平日に来たのに、とも思った。でも譲るべきだと思った。私がかつてそうしてもらったように。

成田さんの言葉は多分、過激に過激を重ねた言葉なんだと思う。色々なところに、色々な場面で高齢者に譲ってほしいってだけなんだと。でも、柔らかく言っても何も変わらないし通じないからあえて強烈な言葉を繰り出しているんだと思う。私自身は夫がもらってくる給与明細の社会保険料の額面に納得がいかなかったりして、増え続ける社会保障費と死なない老人達に怒りがこみあげてくることもあった。しかし、私が行く末の姿は老人であり、彼らはただ生きているだけなのだ。

もうすぐ死ぬ人達の気持ちがわからないし、生きがいがなくなっていく人たちの気持ちは少しもわからないけど、人に必要とされたいという心はいつまでも持ち続けると思うので、自分が注目されたり、権利を持ち続けたいと思うのは自然の事かもしれない。あんまりにも執着しすぎるから新陳代謝が進まない。人間には死が与えられる。古くなったものは死に、新しく生まれたものに世界を渡すために。それをうまくできなければ、老いたる者が醜くしがみつく様子にうんざりした人達が「老人〇ね」って言っても仕方がない。

若い人たちがきたら席をどき、世界をみせる。重要な役割を与えて学ばせて、自分たちは後ろから優しく見守る。最終的には老いてきて、食べれない・話せない・排泄処理が自らできなくなったら枯れるように死んでいく。日本の高齢化社会の改善に必要なのはこういうことなのではないだろうか。街を見ても老人ばかりで、何かに無理してしがみついたりすれば、成田さんのような方に辛辣に言われてしまうのはこれからも避けられないだろう。